迫り来る未来に青い器を

詰まりがひどくなってとりあえず力任せに押し固めて

金太郎飴になったもやもやを切って切って切り続けて

口に放り込んでバリバリ噛み砕いて無くしてしまいたい

期待を勝手に注がれどこまでも止めどなく溢れていって

勘違いされて勝手にがっかりされるくらいなら

受け止める器なんて有りませんと言い放ってしまいたい

宝くじを買おうか買うまいかと悩みながら

いつもいつも売場を横目に通り過ぎてはいるけれど

買わないと当たらないと言われても

期待しすぎてしまうからもう買わないつもりでいる

レジ横にある唐揚げを買おうか買うまいかと悩みながら

結局買わないままカフェモカだけで済ませる

トマトサンドが食べたいのを我慢して

結局手軽な蒟蒻ドリンクで済ませる

早く梅雨も選挙も終わって穏やかに過ごしたい

でも皆いなくなってしまうなら終わらないで

クリスマスなんか来ないで

私を独りにしないで

そんなことここに来るまで思ったことが無かった

まさかそんなこと思うなんて考えたことが無かった

ここに来たことは後悔してない

でもここに残ることは少し後悔してる

それでもここより良い居場所はまだ見つかってない

だから私はこの場所で独り残る

残るからにはこの場所を守る

そしてこの場所をまた良くしていく

青い髪で

唐揚げを買って

いつかこの地を離れるその日まで

川と海

人生を川に例えるなら

人生の中で年々流れに抗えるようになるはず

幼い頃は激流で為す術なくとも

やがて流れに抗えるようになっていくはず

岩にぶつかり底深く沈んだとて

また浮上して水面より見渡せるはず

向きを変え速度を変え

時には少しだけ昔に戻れるはず

戻っても何も無くとも

戻ったことに意味がついてくるはず

石の影や底の窪みに僅かばかりの安息を得て

名残惜しくも大海に出たくなるはず

折り返しがどの地点か分からずとも

その時が来たら何かを感じるはず

大海を恐れる魚とそれを宥める魚

それを横目に勝手に飛び出せるはず

大海で泳ぎ回る魚もそれを眺める魚も

自由に過ごして良いはず

潮流が彼らを別つとも

いつか戻れると期待しても良いはず

それぞれの流れの中で

それぞれの向きと速さで生きられるはず

愛の花

愛と花って似てるのだろうか

慈しむものとしてよく同類にされているけれど

花の美しさが分からない私には愛も分からないのかな

人の数だけ愛の形があると言うけれど

それなら私には私だけの愛の形があるのかな

それを共有出来る人はいるのかな

私と同じように花を愛でられない人がいるのかな

愛を贈る人がいるとして

愛を具現化したものとして花を贈る人がいるとして

私は贈ったことも贈られたこともない

愛も花も私は知らない

愛を贈られても愛で方を知らない

花を枯らして花弁を散らして茎を折ってしまう

そんな私には愛などあるのかな

本当に私にそんなものあるのかな

愛を持たない人もいるのだろうか

私こそが愛を持たない人なのだろうか

私がもし花になったら

誰か私を愛でてくれるのかな

誰か私への愛を歌ってくれるのかな

誰か窓辺に飾ってくれるのかな

誰かの愛を具現化したものになれるのかな

麦わら帽子がはためいている後部座席を

ミラー越しにこっそりと盗み見てウインドウを少し閉める

それでも速度を落とさず走る車に

しっかりとシートベルトを握りしめ縮こまっている

空はどこまでも広くからりとした青色で

見つめていると吸い込まれそうになるのが少し怖い

道はどこまでも長く真っ直ぐで

見つめていると酔いそうになるから敢えて視線を外す

アイスを風に舐められながらゆっくり食べて

そのうちどろどろと溶けて手に池を作って

うとうとと浅い眠りの中で夢を見る

麦わら帽子が飛ばされてどこまでも旅立つ夢を見る

ふと目を覚ましてミラー越しに麦わら帽子を確かめる

安心してまた空を見つめて酔いから逃げる

柵越しに見た飛行機は鳥籠に囚われているよう

広い広い鳥籠の中をゆっくりゆっくりと散歩している

目的地は違えど皆同じ籠の中で歩く

そのうちあのどこまでも続く空を切り開いて

自分で道を切り開いて

私は彼らの切り開いた道を何も考えず進んで

決められた目的地に何も考えず向かって

決まった道を通って決まった家に帰る

麦わら帽子みたいに軽ければ

麦わら帽子みたいに何も持たなければ

麦わら帽子みたいに恐れなければ

自分であの空を切り開いて行けるのかな

ウインドウが風にビュンビュン吹き付けられるのを聴いて

うとうとと浅い眠りの中で夢を見る

やがてそれは耳障りな金属音に変わって

唾を飲み込んで飲み込んで

久々にガヤガヤと騒がしい人混みに出て

懐かしくも新しい狭く無機質な空を見上げて

風の無いウインドウからだんだん見慣れた街が見えて

現実に戻る感覚を思い出してる

つらつらと

仕事で色々あり、辞めるというほどのことではないとは思いつつも何となく疲れてしまった。しばらくは、もう以前ほど仕事に全力投球しなくても良いかなとは思っている。

とりあえず、また連休が得られたので、色々溜まっていたやりたいことリストを少しでも消化して、ストレス発散したい。

まず、買ったものの手を付けていないCDやDVDを全部視聴したい。そして整頓してきちんと収納したい。ついでに近所のブックオフに要らない物を持ち込みたい。

次に、新しいコスメを買いに行きたい。いい加減切らしてしまいそうなファンデを買い、既に切らしてしまった眉マスカラを買い、新しいアイシャドーやチークを試したい。

それから、動画や画像を整理して、空いた容量を使って音楽を取り込みたい。せっかくCDを集めたので、ストリーミングだけでなく手持ちの音楽もパソコンやスマホで聴けるようにしたい。

あとは、昨年から手付かずのランチョンマット縫い、ひとりカラオケで95点以上を出す練習、ヘアサロンでカラーを変えて夏らしくイメチェン、親不知を抜いて地味な痛みとおさらば、などなど山ほどある。

そうそう、最近取り組み始めた、買いすぎたスティックコーヒーとインスタントスープを飲み切る、という企画も、せめて夏が終わる前には完了させたい。全然減らなくて困り果てているが、捨てるには忍びないのだ。

本格的に夏が来る前に、ユニクロに駆け込んでインナーも買い揃えたい。ベルメゾンのインナーは、私が公式サイトを覗くといつも品切れで、なかなか買えないため、今年もユニクロのお世話になろうと決めた。

6月って、意外と忙しい。

透明な祈り

何度も自分の弱さを突きつけられてきた

そして何度も何度も決意してきた

その度に更なる試練に打ち砕かれてきた

度重なる迷いにトドメをさせずにいた

今もまたこうして苦悩している

全てが自分の弱さだと知りながら

今もまだトドメをさせずにいる

全身が痛むほど走り続けた日を終えて

心の叫びが消え行くほど粘り続けた夜を抜けて

また朝のライトが点くのを待っている

りんごが転がり込んで来るのを待っている

そういえば今年は丸いお酒が無くて

気付いた途端に何故か恋しくなって

あの人の手にりんごを転がり込ませられる時を待って

またあの人の笑顔が灯るのを願っている

それはもう祈りに近くて

メレンゲのようにふんわりと宙を舞って

出来ればあの人の手にふんわりと届けと

キルシュのようにほんのりと空に香って

出来ればあの人の鼻にほんのりと届けと

それはもう祈りに近くて

いつまでも私がこの地に留まる意味に成って

いつまでも私がこの地で揺れる意味に成って

いつまでも私がこの地を眺める意味に成った

祈りのように意味を持った

キングばかり

ようやく「グリーンマイル」を最後まで観た。尿路感染症の痛みと、治ったときの快感はとても良く知っているので、他人事とは思えなかった。

電気椅子に座るというのは、どんな気分がするものなのだろう。その瞬間を感じ取ってしまうというのは、どんなに恐ろしいのだろう。最後に見るのが暗闇というのは、どれほど恐ろしい気分になるのだろう。ということと、罪と罰、つまり犯罪と処刑、そして利用と対価、ということについて考えて、やっぱりスティーブンキングは凄いなと思った。

刑務所でスティーブンキングとなると、「ショーシャンクの空に」をどうしても思い出してしまう。こちらも全体のストーリーとしてはほぼやるせない展開なのだが、映画の最後は救いがあるような終わりで良いと思う。リタヘイワースは美しい。

救いの無さなら「ブラインドネス」がとんでもなかった。突然失明する怖さ、本当に怖いのは人間だという超絶鬱展開、そして主人公にこれから襲い来る怖さという悟りエンド。

「ミスト」の救いの無さはまたベクトルが違うのだ。最初は変な霧が迫ってきて、それからいきなり変な怪物が沢山やって来て、なんだこれはと思っていたら急転直下のまま超絶鬱エンドという。普通のパニック映画かと思ったら全然そうではなかった。

変な奴らと戦う映画で、「女子ーズ」という邦画を観た。安田顕さんの「ウミウシは鳴かない」という台詞がとんでもなく笑えて好きだ。なぜあんなにシュールな役が自然と似合ってしまうのだろうか。

夜は短し歩けよ乙女」は、新妻聖子さんがやっぱり最高だった。アニメ「四畳半神話体系」を知っているので、最初は源ちゃんの声に慣れなかったが、のめり込むうちにどんでん返しからの爽やかなラストがとても良く、予想を遥かに超えて満足した。